小麦蒔き

  

Gonbei

 種まき機「ごんべえ」を使って、自然農法の小麦のタネを蒔いた。

 小麦は、汚れた土を綺麗にしてくれる、とっても有り難い、大切な植物であり作物。

 土は本来、人間が人工的に作り出した肥料を使わなくても、十分に作物をつくる力を兼ね備えていてくれる。

 それを阻害しているのは、土を汚している、過去畑に投入した肥料や農薬などの残存不純物「肥毒」。

 小麦など麦科の植物は、強い根っこで「肥毒」をぐんぐん吸い上げて、汚れた土を綺麗にしてくれる。

 戦後、ユダヤがGHQを中心に日本の農業の現場から小麦を奪っていったのは、もしかしてそれだったりして! な~んてどうでもいい無意味な妄想を膨らませてみたりする。

 まぁいずれにしても、汚れがあるうちは、立派な作物ができないから、僕もがんばろうと思う。

 

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止め処なく溢れる出る、僕には制御できない不思議な力

   


  きっと誰もが

  なにか足りないものを

  無理に期待しすぎて

  人を傷つけている

 @ @ @

 ユダヤ国際金融資本という名の資本主義社会がつくりだした世の中は、ずいぶんとまぁ強欲な社会だったように思う。

 足りない、足りない。

 もっと、もっと。

 そうつぶやいて、つくり、生み出し、求め、捨て、今日まで到達した。

 でも、それも今年でもう終わり。時代の潮目が変わった。

 そんな今日この頃、僕が気づき、再認識し、強く感じていることは、欲を強欲にしてはいけないなぁということ。

 自分自身の姿になにかを求めることはとても大切なことだと思う。でも、自分以外のなにかに、なにかを強く求めることは、欲を強欲に変え、色々なものを傷つけ、汚し、失っていくのではないか。そんな風に思う。

 幸か不幸か偶然か、この世に生を受けた人間という、ある種特異で必然的な存在性がやはり忘れてはいけないことは、必ずあるのだと思う。

 それを忘れてもやってこれたのが、これまでの社会。

 ユダヤ権力は誰が生んだのか。

 彼らを突き動かすのは、一体なんなのか。

 これまでの歴史的な過程的構造や、今現在の社会を鑑みる限り、彼らの存在性の完璧さは、やはり人間ではないと思う。

 もちろん彼らそのものは人間だ。

 でも、それを動かしているのは、絶対に人間じゃない。

 僕にもようやく、そのことの意味が、ほんの少しだけ理解できるようになった。

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内か、外か、

    Sisitounohana

 因果という言葉があるように、結果があれば、必ずそこにはなにかしらの原因がある。作用反作用の法則。これは完璧なる自然の法則のひとつ。誰にも否定することはできない。

 例えば、人間同士の間になにか問題が起こったとするならば、そこには必ず原因がある。そしてその原因は、その関係が一対一のものなのであれば、どのような場合でも、お互いになにかしらの原因が、必ずある。

 ふたつの原因がぶつかりあい、結果が生じたとき、当事者二人がお互いに取れる行動はふたつある。

 ひとつは、自分ではなく相手側にある「原因」に焦点を当てて、そこを攻撃する。

 もうひとつは、自分の持っている原因に焦点を当てて、それを取り除く。そして、相手には、まず自分から詫びていく。

 原因はお互いにあるのだから、どちらの手法を取るかは本人次第。ただし、相手に原因を求めるのはとても楽な道で、しかも攻撃性・排他性を伴うから、非常なエネルギや時間を消耗し、根本解決に至らない場合も多い。なぜならば、相手の原因を攻撃しても、自分が抱えている原因はなにひとつ変わらないからだ。

 逆に、自分に原因を求めることはとても難しいし、とても苦しいことだと思う。でも、お互いに、原因を内に求めることができるならば、攻撃は必要ないし、なによりも問題はスムーズに解決に向かって動いていくことが往々にして多い(と思う)。

 もちろん相手にも必ず原因があるわけだから、そこを言及することが悪いことではないと思うし、その姿勢が、生じた問題を必ずしも解決しないとは思わない。

 ただ、「あいつが原因だ」「あれが悪い」とぶつかり合うよりも、お互いが、内に原因を求める姿勢のほうが、問題解決にかかるまでのエネルギや時間は、相当に短いということを、少なくとも僕は僕なりに、自然農法栽培の原理原則から学んだ。

 なぜならば、相手に原因を求めるということは、自分を善とし、相手を悪として、自然界には存在しない善悪の分別という意図的な「人間の判断」を盛り込まなければいけないシーンが、どうしても増えてしまうからだ。

 他人を落として自分を上げるのは、とても楽なんだよね。

 もちろんすべてがすべてそういうケースではないけれど、それでも僕は、難しくて辛いかもしれない「自分に原因を求める姿勢」を忘れたくはない。

 なぜなら、「原因を内に求める」姿勢こそが、自然や土に近づいてゆくための大切な要素のひとつだということを確信したから。

 容易なことではないけれど、日々、挑戦していきたい。

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なにかが変わった?

 真夜中。

 農作業を終え、クタクタになって自宅に帰ると、家の中がグシャグシャになっていた。

 そう。

 愛犬の暮夢が、僕お気に入りの座椅子を引っかき破って、中のスポンジやらなにやらが散乱してしまっていたのだ。

 きっと今までの僕だったら、「ゴルァ(ノ ゚Д゚)ノ ==== ┻━━┻」と怒鳴りつけて、暮夢をこっぴどく叱りつけたと思う。

 でも、どうしてか分からないんだけど、僕はなぜか、しっぽを振って、自分の仕出かしたことを自慢気に誇るかのように、興奮ぎみの表情で出迎えてくれた暮夢をそっと抱き上げて、抱きしめて、

 「暮夢今日も一日留守番ありがとな。それと、ごめんな。」

 と言った。

 2年ほど前、一代目の伊歩がゴミ箱をひっくり返して部屋を無茶苦茶にしたあのとき、僕は伊歩を無茶苦茶になるまで叱ったことがある。

 そしてその伊歩は、たったの4歳10ヵ月という短い命を終えて、昨年の6月、僕の目の前から消えてしまった。

 きっと、1年前だったら、今日、伊歩よりも小さくてか弱い暮夢は、僕の手で無茶苦茶になっていたかもしれない。

 でも、今日はどうしてか、笑顔で部屋のかたづけをしている自分がいた。

 自分のなかで、なにかが変わる音を聞いた。

 

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死すべきして死してゆくもの

   Sora  

 

「確かに後天的な不健康や死というものは存在する。ただそれ以前に、生まれてきてはいけない人間たち・生まれるはずではなかったはずの命が、この世に生を受け生まれしまうことが可能になったのが現代だ。だから、そういう不自然に誕生してしまった生命は、後々、不死の病などによって、消えてゆく。それは、死すべくして死してゆく生命の、哀れで無惨な末路だ。」

 随分昔に読んだ、とある小説の登場人物のセリフを思い出した。

 このセリフの指し示すところは僕にとって、ドロドロに腐り溶けててゆく慣行栽培・有機栽培の野菜と一致した。

 肥料(窒素)だらけの、人間の手によって汚されてしまった土で育てられた野菜たちのほとんどは、いかんせんその生命力自体が弱いから、本来であれば虫や病気によって淘汰され、畑から外へ出る前に死んでしまうはずの生命。でも、本来死んでしまうはずの野菜たちは、農薬というクスリによって無理やり延命されて、消費者の手元に届けられる。これが、現代農業の一般的な姿。

 そういう一般的な野菜たちは、生命力の弱さは元より、元々虫や病気によって淘汰されてしまうはずのものだから、畑から外へ出た後、往々にして、菌やらなにやらの環境や条件によって腐敗して溶けてゆく。モノによってはあっという間に水に還ってゆく野菜なんかもある。

 でも、完璧な自然の摂理のなか、水もち水はけがよく、温かく柔らかで健康的な土の中、肥料を与えられずに育てられた野菜たちは、生命力があるから虫や病気にやられまくることはない。そもそも虫や病気は、肥料や外部資材その他窒素成分などによって汚染された土に集まってくるから、無肥料の畑で育てられた野菜たちがそれらに完全に淘汰されて侵食されることはない。

 ただし、無肥料無農薬の野菜でも、腐るものが一部ある。

 なぜか。

 それは、土の中に「肥毒」という、過去畑に投入してきた肥料や農薬などの不純物が蓄積した窒素などの層が、土中深く残っているからで、そういった汚れの落ちきっていない不健康な土で栽培された野菜は、残念ながら生命力が足らず、菌や病気などにやられて腐敗してしまうことがある。誰にも否定できない・防ぐことのできない、窒素過多で栽培された野菜たちの運命だ。

 では、自然農法栽培に取り組んだ歴史の浅い畑の野菜と、数十年経った畑の野菜はどちらが生命力に溢れていて安全か。

 答えは簡単。後者だ。

 しかし、消費者が、自然栽培歴の長い野菜だけを追い求めることは、果たして正しい姿だろうか。

 僕は、そうは思わない。

 安全なもの(自然栽培歴の長いもの)だけを追い求める消費者の姿はあまりにも滑稽で、利己主義的に見えてしまうことがある。

 今日はその理由を、自然栽培2年目の完全なド素人農家である僕が、ちょっとだけ偉そうに書いてみた。

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今動き出す常温固体核融合

     Koshimizutaisyou

 お、そういえばIさんがつくったバナー、僕の写真が使われている。Iさんいつもどうもありがとうございます!

(以下、コシミズさんのブログから転載)


http://richardkoshimizu.at.webry.info/200910/article_41.html

 つまりこう言うことなんです。世界は、荒田技術の実用化に動き出しているのです。

 「今回のICCF15は、イタリア勢が大量の時間を使ったりして、日本勢の 重要な新データ発表に関して十分な議論の時間がとられなかったという面もあった。しかし、日本の研究の注目度は非常に高く、CBS 60分番組で一躍有名になったダンカンも神戸/テクノバの荒田再現実験やPhysics Lettersの話を紹介していた。

 つまり荒田吉明先生の実験が世界的に注目を集めているのである。

 アメリカや中国ではCold Fusionに対して国の予算もついたようで、これらの国からは大勢の参加者があった。その点日本は・・だが、日本のある有名企業からは数名の参加があり、Cold Fusion重視の姿勢がうかがえた。」

http://www5b.biglobe.ne.jp/~sugi_m/page285.htm

 だからこそ、世界権力は、なんとしてもこの趨勢にブレーキをかけたかった。警察権力や統一教会似非右翼まで動員して、リチャード・コシミズ独立党による 「荒田支援」を阻止したかったんです。それが10・1集団暴行事件の真相です。リチャード・コシミズの講演会妨害未遂、小林事務所恫喝もすべて、目的は同 じです。

http://richardkoshimizu.at.webry.info/200910/article_39.html

 中国も米国も荒田技術に着目して研究所を設立を進めています。本家本元の日本が蚊帳の外におかれてしまうのはあまりにも愚かなことです。さあ、リチャード・コシミズ独立党は動きだします。剣山山頂に向けて!

 リチャード・コシミズでした。

 (以上引用)

 ということで、決着のついた出来事が、ここまでものの見事に現界に具現化していく様は、見ていて本当に清清しい。

 荒田吉明先生の開発した常温固体核融合を、なんとしても完成させたいという強い自然の意志を感じざるを得ない。

 もちろんシナリオを動かすのは、今を生きている僕ら。

 決まっているけど決まっていない。

 そこに、今を生きる最大の楽しみがあるのじゃないかな。

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«土の清浄化無くして自然農法の拡散は達成できない