僕は昔「のび太」だった
「のび太は独裁者?!」1~3
①
②
③
野球でヘマをして、メンバーから理不尽な総攻撃にあうのび太。そんなのび太に、「今度はそうならないように、さぁ練習しよう」と言うドラえもん。
けれどものび太は、「そういうことじゃないんだよぉ。問題はジャイアンなんだよ。ジャイアンさえいなければこんな目にあわなくて済むってこと。どっかに引っ越しちゃえばいいんだ、あんなヤツ!」と、取り合わない。
そんなのび太にドラえもんが出した道具は「独裁者スイッチ」。
ジャイアン、スネ夫・・・次々とのび太の都合で消されていく人。
とまぁそんなあらすじなんだけど、最近夕食を食べながらYouTubeでドラえもんを見るのが日課になりつつある今日この頃。つい最近シンエイの訴えでほとんどの動画が消されてしまったみたいなんだけど、昨日たまたま見つけたのが面白かったのでご紹介してみた。
なかでも印象的だったのは、
「僕が悪いんじゃない!」
「ホントにもぉぅ!どいつもこいつも人のせいにばっかりして!」
というのび太の台詞。
本質的な原因は「内」にあるにもかかわらず、全ての理由を「外」に求めたがる現代人の姿がよく描かれているように見えた。
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結局のところ、自分の身の回りに起こる出来事は、全て意味があって起こっている。そして、その「意味」は必ず、自分が前に進むためにはなにが必要かを気づかせてくれるありがたいもの。
どれだけ喜ばしいことも、どれだけ受け入れがたい嫌なことも、全く同じ。その二つを、「いい」と「わるい」に分別しないで、丸ごと飲み込むことのできる人だけが進める道がある。
ジャイアンが悪い?
スネ夫が悪い?
ママがうるさい?
いやいや、原因は全て自分にある。
自分に原因があるからこそ、今、目の前にはその現象が起こっているわけで、それらは全て必要だから起こっていること。化学肥料や動物のウンチをたっぷりブチ込んだ畑の作物に現れる病害虫も、原因はそれを判断し投入してきた人間であり、その過剰な窒素成分を食べてくれるために、病害虫が「来て下さっている」わけだ。
もちろん、ガンのような病気だってそうさ。農薬や肥料、添加物なんかで汚れた食べ物を食べれば、それが直接汚れた血になり汚れた細胞になる。身体には自然治癒力が備わっているから、汚れた血液をとりあえず清浄化するために、臨時で一箇所にまとめて造られるのがガン細胞。原因は、食に関する選択を誤った自分。ガンは、それを食い止めてくれるためのもの。身体の持ち主に「気づき」を与えてくれるありがたいもの。健康かむかむ塾の斉藤一治師匠が「がんは感謝すべき細胞です」と銘打っているのはそれが理由。
身の回りに起こる全てのことは、自分になにかを気がつかせるための信号のようなもの。自然界からのメッセージ。
それを正確にキャッチできるかできないかが、全ての分かれ道。
原因を外にばかり求める人は、不都合なものばかりを引き寄せる。
原因を内に求め、本質を追求する姿勢を持てる人は、不都合なものを跳ね除ける。
僕は昔、のび太だった。
僕は今も、のび太だ。
たかがドラえもん。されどドラえもん。
微小な物事も、心のもち方次第では、とてつもなく巨大なものとして、自らに力をくれるヒントとなる。
楽観視しろといいたいわけじゃない。
ただ、
外か。
内か。
決めるのは、あなた自身。
人を殺すことのできない僕は、自分を殺す練習中。
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