止め処なく溢れる出る、僕には制御できない不思議な力
なにか足りないものを
無理に期待しすぎて
人を傷つけている
@ @ @
ユダヤ国際金融資本という名の資本主義社会がつくりだした世の中は、ずいぶんとまぁ強欲な社会だったように思う。
足りない、足りない。
もっと、もっと。
そうつぶやいて、つくり、生み出し、求め、捨て、今日まで到達した。
でも、それも今年でもう終わり。時代の潮目が変わった。
そんな今日この頃、僕が気づき、再認識し、強く感じていることは、欲を強欲にしてはいけないなぁということ。
自分自身の姿になにかを求めることはとても大切なことだと思う。でも、自分以外のなにかに、なにかを強く求めることは、欲を強欲に変え、色々なものを傷つけ、汚し、失っていくのではないか。そんな風に思う。
幸か不幸か偶然か、この世に生を受けた人間という、ある種特異で必然的な存在性がやはり忘れてはいけないことは、必ずあるのだと思う。
それを忘れてもやってこれたのが、これまでの社会。
ユダヤ権力は誰が生んだのか。
彼らを突き動かすのは、一体なんなのか。
これまでの歴史的な過程的構造や、今現在の社会を鑑みる限り、彼らの存在性の完璧さは、やはり人間ではないと思う。
もちろん彼らそのものは人間だ。
でも、それを動かしているのは、絶対に人間じゃない。
僕にもようやく、そのことの意味が、ほんの少しだけ理解できるようになった。
生まれる前、生まれた直後はまっさらだった僕の手のひらも、いつかこんなに汚れてしまった。
それなのに、今になって、穢れ無き無限の力があふれ出るこの手。僕の力ではなく、僕を今、生かしてくれている、不思議な力。
このぬくもりを忘れたくないと思ったし、失いたくないと思った。
だから僕は、独善的・排他的な思考・思想・人間性は絶対に受け入れない。
そして、自分がそうなっていないか、常に確認していきたいと思う。
生きるって、知れば知るほど苦しくて、楽しいものなんだなぁ。
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コメント
じぃく君 こんばんは
私はアシュケナージユダヤ人やその取り巻きを突き動かしている 石屋の仕組のトップはサタンだと確信しております
悪魔がいる以上 神は存在します 人類にとって心を入れ替えねばならない時がきているのだと思います
これから想像も出来ない事が多く起こると思うので賢明な判断をもって行動しなければばらないと思っております
一人でも多くの人が助かればいいなー
投稿: ゴイメスト | 2009年11月12日 (木) 18時02分
>>ゴイメストさん
どうも、いつもコメントありがとうございます。
>>石屋の仕組のトップはサタンだと確信しております。悪魔がいる以上、神は存在します
そうですね。僕もそう思います。実態としては、人間としてのアシュケナージユダヤだとしても、その背後には、歴史的・思想的・宗教的な意味合いから、確実に悪魔という意思想念が存在しているはずです。
極東日本という国に与えられた、真なる宿命が、脈々と動き出していますね。
どこへ向かうかは、やはり僕たち人間次第なのでしょう。
投稿: じぃく | 2009年11月15日 (日) 20時11分