今日も自宅に帰りメールをチェックすると、独立党員のOさんからメールを頂戴していた。
以下は、メールに記載されていた小林正観氏の話。
Oさん、いつも本当にありがとうございます。メール返信できておらずに申し訳ありません。
僕のつくった(?)野菜、届いてますか?w
@
(以下引用)
キリストの生涯
ある年の12月24日の深夜に『キリストの生涯』という、長時間のテレビ番組が始まりました。
私は、どの宗教にも属していませんし、どこからも教えを受けたことはありません。しかし、お釈迦さま、キリスト、マホメット、ソクラテス、プラトン、モーツァルトのような人の生き方や生涯には、とても興味があります。だから、そのようなテレビ番組があると時間の許す限り見るようにしています。
ヨハネは洗礼を与える人なので、『バブテスマのヨハネ』とも呼ばれていました。このヨハネはキリストが現れる10年も前から、「そろそろ、私たちの目の前に救世主が現れる」と言い続けていました。
あるとき、川の中にジャブジャブ入ってきて、「私も洗礼を受けたい」と言った青年を見た瞬間にヨハネは、「あなたこそが、私たちが求めていた救世主である。私は、あなたの弟子になる」と言います。
ヨハネは、洗礼を授けた上でへりくだって、キリストの弟子になりました。ヨハネを信仰して尊敬していた人たちは、ヨハネがそう言うのだったら、この人が救世主なのだろうということで、一挙にキリストの弟子が増えました。
お釈迦さまの十大弟子の一人に『智慧第一』と称される舎利子がいます。この舎利子は250人くらいと一緒に人生を語る導師のもとで勉強していました。
お釈迦さまの弟子であるアッサジ比丘が辻説法をしているときに、舎利子が通りかかって、お釈迦さまはすごいことを言っていると感じます。それで道場に帰って、荷物をまとめ始めました。
それで、「舎利子さん、あなたいったい何をやっているのですか」と一緒に合宿していた人に言われます。舎利子は、「私は、今までこの師匠のもとで何年も修行をしてきましたが、わからないことがたくさんありました。でも、今、そこで聞いてきたお釈迦さまの話は、私にとってものすごく衝撃的で、わからないことが全部解き明かされました。それで、これから私はお釈迦さまに弟子入りをするのです」と言いました。
そのときに、その250人は、「あなたがそう言うのだったら、私たちもついていく」と言って、お釈迦さまの弟子になりました。
大迦葉、中迦葉、小迦葉という迦葉三兄弟も、1000人ほどと一緒に道場で人生について勉強していました。そして、その迦葉三兄弟がお釈迦さまの話を聞いて、「この人はすごい人なので、私たちはお釈迦さまの弟子入りをする」と言ったところ、この1000人もついてきました。
結局、お釈迦さまは自分で弟子を集めていないのに、いきなり1250人の弟子持ちになってしまったのです。
このようにすごい人というのは、自分が一人ひとりをピックアップして人を集めていません。ものすごい能力の高い人が、そのグループを連れてドーンとくるという歴史的な現象があります。
もし、そのような現象がどこかにあったら、その人は500年、1000年後にものすごい宗教家になっているかもしれません。
キリストは、ヨハネから洗礼を受けてから、わずか5年ほどしか活動していません。そして34歳で十字架にかけられました。
キリストは、32歳くらいのときに弟子と岩山を歩きながら、このようなことを言います。
「許すものは許される。許さぬものは許されない。裁くものは裁かれる。裁かぬものは裁かれない。これを自分の心の中に充分に埋め込みなさい」
この言葉を聞いた瞬間、私はベッドから転げ落ちてしまいました。
私は、48歳のときに『うたしごよみ』という日めくりカレンダーを作りましたが、これには宇宙の大法則を31個書かせていただいています。それは、48年間誰からか教わったものではなく、自分の人生でやっと到達した結論でした。
その結果の中の一つとして、
『大法則』
宇宙の大法則。
投げかけたものが返ってくる。
投げかけなければ返らない。
愛すれば愛される。
愛されなければ愛されない。
嫌えば嫌われる。嫌わなければ嫌われない。
という言葉を書きました。
私が48年かかって、やっと得られたその言葉を、キリストは何と32歳で言っているのです。私はクリスチャンではないし、日曜学校にも行ったことはありません。キリストが、このようなことを言っていることを、初めてそのときに知りました。
そして、ものすごいショックを受けました。キリストはまだ青年の域を脱していない32歳です。この人生の経験量でこの宇宙の鉄則に至るには若すぎると思いました。普通の人であったならば、知能指数が200であろうが300であろうが、この鉄則に至るわけがありません。
唯物論として言いますが、この言葉を聞いた瞬間にキリストは神の子だったのだ、と思いました。キリストは、この宇宙の方程式を神から教わっていたのでしょう。
私自身と照らし合わせて、「わずか16年の違いじゃないですか」と言われる方がいるかも知れません。
これは、単に16年の違いではありません。例えば、今、40歳だとすると、40歳までの情報量・経験量・知識量と41歳のときの1年が同じ重さ。その1年が膨大なる内容と密度と充実感を持っている。そして、41歳までの情報量・経験量・知識量と同じ重さのものが、42歳のときの1年にくるのです。
ですから、もし高校生、大学生の人がいたら、自殺することは絶対に勧めません。もったいなくて、もったいなくて仕方ありません。長生きした方がいい。今までの人生の総量に相当する情報量と楽しさ、面白さが、これからの1年間に待っています。
つまり、16年の差というのは単に16年の差ではありません。32歳の人と48歳の人は情報量が2の16乗分違う。
私は、やっと45歳くらいからそういうことが分かりだして、検証してきたから、48歳でそういう結論になり確信になったのです。
これをクリスチャンの人に言ったら、「信じるか信じないかでしょうね」と言われました。
私は、その日、事実として、キリストは、自分の経験から何か教えを編み出したのではない。明らかに宇宙の構造や仕組みを作った人からその構造を聞いていたのだろう、という結論になりました。
その一言で、神さまという名の存在がいて、神さまから情報をたくさんいただいていたキリストという名の存在を、私は確信せざるを得ませんでした。
もう1回、キリストの言葉を言います。
「許すものは許される。許さぬものは許されない。裁くものは裁かれる。裁かぬものは裁かれない」
キリストは、「何が正しくて、何が正しくない」と言っていません。「私は正しい。私の感覚でこの人を裁けばいい」という考え方は違うようです。
(以上引用)
@
自然農法に従事して1年が過ぎた。
毎日畑や田んぼに出向いて土や作物と触れ合っていると、どうしても「神」というものの存在を感じずにはいられない瞬間に出くわす。
もちろん僕は特定の宗教団体に所属しているわけではない。僕のいう「神」というのは、くどいようだけれども「自然の摂理」のことであって、偶像崇拝ではない。真実は人にではなく、自分の身の回りにある。
それにしても、人という生き物は脆弱で、誰もがそれなりに自分が正しいと思っていて、だからこそ他人のやることがとにかく気に食わないのだろうか。
もちろん僕だってそうだ。あまり自分の立場や存在、自分のやっていることに自信満々というわけではないけれど、やはり、どうしても自我が主になることはある。
でも、そんなとき僕は思う。
結局、僕の行動や言葉なんて、僕という狭くて小さな価値観から生まれるだけのものであって、それは、他人にとっての「当たり前」ではない、と。
許すとか、受け入れるって本当に難しいと思う。
でも、自然の摂理は、いつだってなにも変わらない。
だから、日々自然農法を実践することで、感覚や精神、日常生活を、少しでも自然の流れに任せられるように修行中。
ゆっくりでもいいから、少しずつ進化すればいいと思う。
土も、人も、進化に掛かる時間はあまり変わらない。
すぐには上手くいかないんだなぁと、日々勉強。
最近のコメント