音楽・ギター

遥かなるクリスマス

もうクリスマスイブか・・・・ 

(コメントは後ほど~)

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 世の中がクリスマスを理由に、「お金」という実態のない幻を必死にかき集めて微笑みを浮かべる中、メディアに踊らされた男女がカップラーメンのような一時の雰囲気に包まれる中、僕はこの季節になると必ずこの曲を思い出す。

 反戦ソング?

 そんなちんけな言葉で括りたくないなぁ。

 第一反戦ってなんだろう。

 戦争は良くないこと?

 戦争は悪いこと?

 そりゃぁ人が人を殺すのは、僕の趣味じゃない。

 でも、そこに善悪を求めるのは、もっと僕の趣味じゃない。

 金という人為的なもののために、命という自然の要素が強制的に圧力を加えられる戦争。

 でも、いいじゃない。

 本来、生も死もないんだ。

 喜びも恐怖もない。

 そう思えばきっと、全てが違っったものに見えてくるはず。

 でも、誰もが心から笑って生きられる時代が来るのなら、それは本当に素晴らしい。

 誰もが永遠に幸せに過ごせる時代。

 たまには、そんな妄想、幻想に思いを馳せてもいいと、自分を許す日。

 めりーくりすます。

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「想い」と「希望」が連鎖してやがて「結末」が訪れる

「千年花」 INORAN

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「兄蔵」という人

 僕はときどき思い出す。  

 ぼくは、ふと、ときどき、おもいだす。

 あの日、あの時、あの場所で出会った人。

 あの人を思い出すと、そこにはきまってかならずぼくがいて、いまでも遠くで手を振っていてくれている。

 今日思い出したのは、12年前、池袋にあるアムラックスのどでかい外部 モニタに映し出されていた、あの人。  

 「ベース?」

 親に押し付けられた大学進学をはねのけ、音楽の道を目指した僕は、ふと足をとめて、画面に目をやった。

 画面に映っていたのは、渋いタバコ色のボディに6本の弦をあしらったベースギターを持った、あの人。

 初めてみる姿、初めてみる弾き方、はじめて聴く、音色。

 僕は気がつけば、東急ハンズの目の前、首都高5号線の下を横切る大きな交差点を足早に渡って、アムラックスのなかにかけこんでいた。

 気がつけば、声をかけていた。

 気がつけば、仲良くなっていた。

 僕が始めて影響をうけた「ベーシスト」、兄蔵。  

 僕はギタリストなのに、あなたに影響を受けた。 

 なつかしいな。もうあれから12年。

 あなたは今でも、あの日となにも変わらずに、あそこに立ち、音を、奏でていたんだ。

 変わらない、変わった、変わっていた、その音色。  

 今でも僕は覚えている。

 音楽に、迷っていた。人生に迷っていた。世の中に、迷っていた。

 そのとき、僕は、あなたに、出会った。

 いろんな話をした。楽器の話、お金の話、インディーズの話、メジャーデビューの話、音の話、音楽の話、人生の話、世界の話、未来の話。

 僕は今ここにいて、あなたはそこに、今も、居る。

 たったそれだけの事実が、僕は今、なによりも大きなことに感じる。

 僕はもう、弾いてない。僕が音を奏でることは、恐らく、もうない。

 ただ、あなたは今も、多分、たった今も、あそこで、こうして、弾いている。 

 音を、奏でている。

 12年という時間は大きい。

 でも、なにも、変わらない。

 そして、全てが変わっていく。

 あなたも、僕も。

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区別

この前、なんとなくWikipediaで色々見て遊んでいたときにたままた検索したのが・・・・

◆ Wikipedia さだまさし ◆

Wikipediaって、ものによって信憑性がまちまちだから、いちいちこんなところにある記述を見てどうこう言う事自体がバカバカしいっちゃバカバカしいんだけども、なんかこのサイトのさだまさし氏の記述を見て悲しくなった。

(以下引用)
さだは長崎出身で親族に原爆被災者がいることもあって、戦争を嫌い平和を求める気持ちが強い。また、祖父母が大陸に渡って活躍していたことから、中国大陸への憧れが強く、周辺諸国との友好を願う気持ちも強い(息子に「大陸」と名づけている位である)。その一方で、日本の将来を憂い、失われていく日本の伝統的な文化・道徳を大事にしようとする傾向がある。このため、平和祈念コンサートを行いながら、他方ではプロ野球の開幕戦やサッカーの国際試合で「君が代」を歌ったり、あるいは靖国神社への参拝を行う(自著に記載)など、一般的な日本の「右翼」「左翼」の観念には当てはまらない言動を行うので、双方からの批判を受けることも多い。が、それに動じることなく、紅白歌合戦でも敢えて平和を問う曲目を取り上げ、人々にメッセージを放ち続けている。 また、そういったメッセージ色が強い一方で、前述したように特定の思想・イデオロギー・宗教等に偏りを見せないことが、広く支持される所以の一つであろうと思われる。

人は凡その場合に於いて、なにかを区別したがる生き物だ。
例えば、大きいものでは「日本と外国」、小さいものでは「家族と他人」、最小的には「自分かそれ以外」。そうやって常になにかを区別しなければ生きていけない生き物なのだろうか。さだまさし氏もよく「右翼だ」「左翼だ」と非難されることをいつも嘆いていた。

靖国神社を参拝したら右翼なの?戦争反対と発言したら左翼なの?

あまりに単純すぎてバカバカしいよね、そんな区分けの仕方。

僕にとってさだまさしという人は、別に右翼でもなければ左翼でもなくて、一人の日本人でしかない。それに、それ以上でもそれ以下でもあるわけがない。
そもそも、右翼だ左翼だって言葉の意味を取り違えて使っている人が多すぎる。人にはそれぞれ物に対する考え方というのがあって、それは当たり前だけれども千差万別だ。だから、1億人の人間がいれば、考え方だって1億通りあってしかるべきで、そうじゃなきゃ逆に怖いよ。それを通り一辺倒で「右翼」「左翼」と決め付けて分けたがる。そんなことして一体なにになるのかが僕には全く理解できない。言葉の本質的な意味も知らずに、上辺だけで使うなんてことほど愚かしいこはないんだ。

そんな僕も、このWeblogを始めていろいろなエントリしてると「Jeekさんは左翼ですか?」ってメールが来ることもあるし、「Jeekがそんな左よりな考え方だとは知らなかったよ」って言われたりする。別に僕には右も左もないし、僕は僕だ。そうやって勝手に区分けするのは自由だけど、勘違いのないようにここで書いておこうかな。

僕はロクでもない嘘が嫌いなだけ。
自分やその周りの小さな集団の利益のためだけに、その他を騙してもいいという考え方が気に食わないだけなんだ。だから相手がどれだけ尊敬している人物だとしても、その相手がそういう行為に及ぶようであれば僕は否定するし、逆にどれだけ嫌いな人物の発言だろうと、その内容が自分にとって「正しい」と判断できることであれば、それを評価する。僕は「人」で物事を判断することはしない。あるのは、その奥にある本音や本質だけなのだから、そういったものをきちんと見極めていきたいだけなんだ。
確かに僕の文章の書き方は、見る人が見れば「左だなぁ」とか思うのかもしれないけれど、本当は右にも左にもクダラナイヤツは一杯いるし、そうじゃないヤツも沢山いることを分かった上で書いている。だから、分かりやすく言えば「自民党という政党が嫌い」なんて小事な感情は全くないし、そもそもそんな感情持つだけ無駄というものじゃないかな。

在るのは、もっと奥まで探ったときに見えてくる「ソレ」が許せるのか許せないのか。それだけ。

でも、僕を左翼と位置付けることも自由だから、それはそれで否定するつもりなんて全く無い。そういう人にとって僕が左翼だとしても、なんら支障はないし、人から見たらそう思われることを書いているということ。でも僕自身にそういった自覚はないよ。そんな区分けの仕方全く持って不毛だからね。

僕は、右も左も分からない、しがないサラリーマンだ。

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録音技術

mixroom_03.jpgドダイさんにいただいたコメントの中に、「録音歌手」という
フレーズがあったので、それを聞いて書きたくなったエントリ。

昨今のレコーディング技術の進歩というのは凄まじいもので
僕が現役で活動している時期あたりから、物凄い技術革新が始まっていたと記憶している。
どちらかというとプレイヤであった僕から見ても、その進歩は目覚しい。
レコーディングスタジオに鎮座する録音機材達も、今となっては
まるで『三年経ったらタダの箱』といわれるパソコンのようだ。
・・・というよりも、録音機材も進歩の早いデジタルモノの仲間入りを果たしたと言ったほうが正確だろうか。

そして、そんな機材達の中枢を担う
もやは世界基準と言っても過言ではない機材がある。

◆ digidesign Pro Tools ◆

所謂マスタリング機なのだが、これはハードウェアであってソフトウェアでもある。

今、日本のオリコンチャートなんかでランクインしているほぼ全てのウレセンのヤツらの歌声や音色は、このProToolsに造られた音であると思ってもらって差し支えない。
それでは、そのProToolsという代物がどれだけすごい機材なのかというと、本当に大げさに分かりやすく説明すると、例えば浜○あゆ○のしゃべっている声を録音しただけで、本人が歌わなくても一曲完成させてしまうことができる機材、だろうか。しかも早く、安く、簡単に。もちろんこれは知らない人に分かりやすく説明する表現なので、知っている人から言わせれば「バカ言ってんじゃないよ」と怒られるかもしれないが、そう思ってもらえれば話が早い。

つまり、どんなドベタクソな歌手やギタリストでも、ProToolsをもってすれば、素人なら簡単に騙せるくらいの音質を作れる世の中になった、ということを言いたいわけである。
そんなデジタル機材に作られたニセモノの音だけを並べて、しかも芸術家という意味のアーティストという呼び名をつけて、あれがいいこれがいいとウンチクを垂れるバカモノをよく見かけるが、実はそんなもの、百歩ゆずって音楽だとしても、アーティストではない。ただ単純に会社という利益を追求する団体の、商品でしかないのである。

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音というのは、歌声であれ楽器の音色であれ、真水であると、師匠から教わった。

「その真水に、砂糖や果汁を加えたり、分厚い濾過フィルタを通してしまっては、最後に残ったものは、水でもなければ、同量の水でもない。だから、本当にいい音を追求したければ、最初に自分が弾いた音を少しでも変えずに、音源に残すことを最優先しなければいけない」

これが簡単なようで結構色々難しかったりするのだが・・・(笑)、もちろん日本にだって「ProTools?そんなキモチワリィもんつかわねぇよ」と言う、どこかのバイク屋の親父さんのような音響さんだってたくさんいるわけだ。

だから結局のところ、車でもバイクでもゲームでも牛肉でも政治家でも歌手でもギタリストでもレコード会社でも音響スタジオでも、本当の意味できちんとしたことをやているところは沢山あるけれども、目に見える大多数はそうではなくニセモノだ、といういつもの結論に至ってしまう。

「同じものの中でしか比較できない人には、本質がつかめない」

とはよく言ったもので、本当のことも知らずに、ニセモノだけを並べて比較ごっこをしている姿は実に滑稽なのだ。

「わたしのすきなぁ、あーてぃすとがぁ~、CMやってるのでぇ~、ホワイトバンドほしいんですよぉ~」という女性社員が今隣で仕事をしているけれども、あのCMに芸術家は一人もいなかった気がするのは僕だけだろうか・・・・?

腐った食材でおいしい料理は作れない。絶対に。

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「さだまさし」という生き方

018_01.jpg歌手、さだまさしである。

さだまさし、と聞くと「暗い」とか「ダスキン」だとか「フォーク」だとか
そういうイメージを抱いている人がいるが、とんでもない。
確かに作る楽曲こそフォークやらアコスティックだが
さだまさしという人間は、完全なロックンローラーだ。
そこらへんのヘタなロックバンドの連中なんかよりもよっぽどロックしている。

54歳になるにも関わらず、毎年のようにアルバムをリリースし、年間100本以上のコンサートツアーをこなして活動している。吉田拓郎、松山千春、南こうせつ、谷村新司などなど、同世代の現役歌手は大勢いるが、さだまさしほどの活動をしている人は誰一人いない。しかも、歌声や声量だって50代の歌手の中では郡を抜いているし、もちろん若手なんかでは及ばない。歌手としての生き方がロックしている、と思うのだ。

かくいう僕も、そんなさだまさし氏に影響を受けた一人。
音楽業界には、言わないけれどさだまさしが好きだという人間は大勢いる。言わない理由は、世間的に「暗いヤツ」と思われるからだろうが、ではなぜ好かれるのだろうか。

それは氏の人柄に他ならない。
昔の仕事で所属していた事務所の関係もあり、何度か氏とお会いして、打ち合わせをする機会があった。とにかく低姿勢で温厚でやさしく、それでいて尖っている。話も上手いし、聞き上手。なかなか頭の切れる魅力的な人、という印象を受けた。
そういう人柄だからこそ、もちろん周りに集まっているメンバもすごい。
石川鷹彦氏、渡辺俊幸氏、宅間久善氏・・全てのジャンルのトッププレイヤ揃いである。

やはり、類は友を呼ぶ。
自分が変わらなければ、周りの環境だってよくならないのかなと。

先日、3000回目の公演記録を達成した記念コンサートに行って来た。
コノ人、まだまだいけそうな気がしたのは僕だけではないはず。

がんばれ、まっさん。

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